ミトラのブログ 秘境と異世界

古墳、異世界、旅、マネー


大阪新世界の春 うどんを食べに行く

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新世界の衰退と再生

大阪市浪速区の新世界はちょっと変な世界として知られていて、観光名所になっている。

大きなフグの飾り物の背景に通天閣が建っている写真は、観光ガイドに必ず乗っています。

新世界の名物は串焼きやお好み焼きですが、お腹いっぱいで胃にもたれるので今回はうどんを食べに行きました。


新世界には安いうどん屋が多く、一杯200円以下でおいしいうどんを食べる事ができます。

「かすうどん」というものは一気に500円以上になりますが、観光客からボッテいるだけで2倍美味しくはないです。

新世界の始まりは1903年(明治36年)の内国博覧会で、野原だったのを埋め立てて当時としては近代的都市を建設した。

 

通天閣の下は王将があったが、ゲームコーナーか何かになっていた

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通天閣横の路地は今もこんな感じ、猫が横切っています

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ようやく鉄道が通った時代に5ヶ月間で入場者530万人が来場したというから、オリンピックとワールドカップを合わせたような賑わいに感じられたでしょう。

万博終了後は空き地や軍用地だったが1912年(明治45年)に「新世界」と命名されモダン都市として発展を目指した。

新世界はパリとニューヨークを手本にしていて、現在の通天閣にもエッフェル塔の影響がみられる。


当初は遊園地もあったがミナミやキタが発展するにつれて時代についていけなくなり、大戦で被災し壊滅した。

戦後復興が進み高度成長期になると、労務者の宿泊所だった釜ヶ崎(あいりん)に飲み込まれて衰退した。

1970年(昭和45年)の大阪万博で釜ヶ崎にはさらに労務者があつまり、貧しい労働者がうろつく街になっていた。


新世界が注目されたのは昭和レトロが流行し始めた平成からで、古さが新しいというファンが遊びに来るようになった。

現在は繁華街の中にローソンやくら寿司なども出来て、いかがわしい雰囲気は薄れてしまっている。

少し外れて路地に入ると昔ながらのドヤや安アパートがあり、昼間からフラフラしているおっさん達が地べたに寝転んでいたりもする。

 

観光客や女性に人気の串カツ

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10年ほど前はビデオ試写室とかが非常に多かった

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これはスマートボールの店です

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パチンコを横倒しにしたようなものですね

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平日昼なので観光客は少ない

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こういうのを50台おっさんが着ていたりします

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変な映画のポスターが多い

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本日の昼飯かすうどん店

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老夫婦がやっています

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これ昆布かすうどん500円なんですが、昆布うどん200円で良かった気がします

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鶴田浩二の仁侠映画とかをやってる映画館もある

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近くのあいりん地区では桜が咲いていました

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今日も三角公園でボーっとしているおっさん達

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おわり