ミトラのブログ 秘境と異世界

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箸墓古墳を再訪してみる

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三輪山を見上げる箸墓古墳

宇陀市の帰り道で近くを通ったので、桜井市の箸墓古墳に立ち寄りました。

桜井市は典型的な田舎のロードサイドといった趣で、道路沿いには田畑と民家が続いている。

ドラッグストアやスーパーが所々にあるごく普通の田舎だが、良く見ると古墳がそこここに存在している。


纒向(まきむく)から三輪山にかけて古墳や遺跡が多く、最古級の前方後円墳は桜井市に集中している。

三輪山を聖地とする山岳信仰に基づいて、三輪山が見える場所に初期の天皇陵がつくられたとみられている。

この桜井市は水銀鉱山がある宇陀市からもっとも近い平野で、初期のヤマト政権の財源は水銀鉱山だった。


ヤマト政権は宇陀市で水銀を掘って桜井市を通って大阪から積み、半島や大陸と交易して巨万の富を得た。

当時の水銀は万能薬にして不老不死の薬であり、塗料や化粧品の原料にも使用されていました。

特に中国皇帝国家は日本の水銀を求め、見返りに鏡や宝剣、金印や鉄や宝飾品などを与えた。


これが九州から奈良にかけて大陸の青銅製品が発見される理由で、中国皇帝はボランティアで日本に与えたわけでは無かった。

宇陀市、桜井市から奈良盆地、大阪湾から瀬戸内海、九州から半島大陸というのがシルクロードならぬ水銀ロードでした。

その重要地点にある最大級の前方後円墳が箸墓遺跡で、いずれかの天皇や有力者の墓と見られている。

 

田んぼの向こうが箸墓古墳、造営時はこの辺りまで濠でした

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1800年前は山そのものが御神体だった、三角形のが三輪山

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これは前方後円墳の円の部分です

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山野辺の道のプレート

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これが前方後円墳の四角の部分で鳥居と拝所があります

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拝所の向こう側にズンズン進むと

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池があるが今は渇水で干上がっています

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一見すると壕の一部みたいですが、外濠を壊して作った溜め池に過ぎない

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周囲は農地などになりすべて破壊しつくされたが、内側部分は奇跡的に残された

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おわり