ミトラのブログ 秘境と異世界

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「怒り」は自分で思うより安い感情

自分ではどうにもならないB29のような物には怒りの感情は起きない

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大空襲でB29に怒りを感じなかった人々

何かに対して怒りを表明する人をニュースで良く目にします。

怒りの矛先は国だったり企業だったり、通りがかりの人だったり様々です。

最近話題になったのは東名の煽り運転で、車を車道に止めた犯人が「邪魔だどけ」と言われて怒りを感じたのが発端でした。


侮辱されて激しい怒りを感じた犯人は車を追いかけて高速道路上に停止させ、トラックが追突しました。

この件に限らず「怒り」の大半は本人にとって重大でも、傍から見てどうでもいい場合が多い。

逆に怒りを感じて当然なのに、本人は自分が悪いと思い込んでいることも多いです。


示唆に富んでいるのは戦時中の大空襲で、目の前で自分の家や知人が焼かれているのに、多くの人は怒りを感じなかったそうです。

中には「花火みたいできれいだな」と書いている人も居て、当事者が書いた書物で「アメリカやB29に激しい怒りを感じた」というのを見たことがありません。

これはなぜかというと、人は何かの被害を受けたとき、相手を確認してから怒りを感じるかどうか決めます。

 

相手が自分より弱いと「怒り」を感じる

例えば会社で社長に呼ばれて叱責されて、怒りを感じる人も居るが「自分が悪いんだ」と反省する人も居ます。

だが自分より地位が低い人に同じように叱責されたら、ほとんどの人は激怒して怒りをおさえられないでしょう。

警察官とか国連とか自分より遥かに強い相手に対しては、ほとんどの人は怒りを感じない筈です。


まして落雷とか地震とか津波で「地球に対して激しい怒り」を表明した人はいません。

このように怒りとは相手が自分より「弱そうだな」と感じて初めて湧き上がる感情です。

相手が自分より遥かに強大で絶対に叶わないと感じたら、怒りの感情は湧きません。

 

活動家のような人達も日本や政治家など「手が届きそうな相手」には怒りを表明しますが、中国のようなどうにもならない相手には黙っています。

このように怒りとはけっこう打算的でいい加減な感情です。

だから怒りにまかせるとロクな事が無く、怒りを動機にした行動は必ずいい加減なのです。