ミトラのブログ 古墳と異世界

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社会には失敗する人間が一定数必要

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失敗する人が必要

『働かないアリに意義がある』という本を1年くらい前、珍しく新品を定価で購入しました。

普段は200円くらいに値下がりした中古をアマゾンで買うので、自分としては珍しいことです。

久しぶりに読み返したら最初は気付かなかった面白い事が色々書いてあり、その一つに集団の中の失敗するアリというのがある。


何百匹もの働きアリが毎日食べ物を探しに出るのだが、働くのは3割で7割はサボったり巣の中で休んでいる。

さらに働いているアリの中にも、正しい場所に行かずに間違った方向に進むのが一定数います。

実はこの間違いアリは、本当に間違えたのではなく、一定の確率で間違えるように、遺伝子に組み込まれています。


例えば10匹中1匹が間違えることで、「あの道は間違いなんだな」と気づいて集団としては正しい行動をとれます。

もし全部のアリが正しい行動をしたら、ある時すべてのアリが間違った方に行き、全滅する可能性があります。

例えば毒キノコがあったとして、最初にそれを食べる人が居て、その犠牲のうえに「毒キノコだから食べてはいけない」という知識を得ることができます。


集団の誰も毒キノコを食べなかったら、ある日集団の全員が食べてしまい、一度に全滅する可能性があります。

このように集団の中に一定数、「ばかな行為」をする者が居て失敗した方が、集団としては正しい行動を取れます。

反対に集団の全員が同じ行動をするような「エリート集団」では、時間が経つほど間違った方向に進む場合が多いです。


一流企業とかエリート官僚など、東大主席しか採用しないような集団ほど、間違った行動をしやすいのです。

IT企業でも最初の挑戦者はほとんど失敗し、それを見て学習した後発者が成功するパターンがほとんどです。

例えばジョブズはコンピューターを発明していないし、ビルゲイツがインターネットを作ったわけでは無いです。


彼らは失敗者の失敗を見て「ああすると失敗するのだな」と学習した結果成功しました。

ところこういう成功者ほど「俺様は優秀な人間だから成功したのだ」という思考にどんどん陥っていきます。

俺様状態になった成功者は傍からみると醜い。