ミトラのブログ 古墳と異世界

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田舎駅めぐり 近鉄壺阪山駅(奈良県高取町)

高く掲げられた「くすりの町」には日本史の秘密が隠されている

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くすりの町、高取町のひみつ

今回は吉野川を少し離れて、観光地が多い明日香村の途中にある高取町の壺阪山駅です。

この駅からは高取城や古い建物が多い土佐街道があり、キトラ古墳も飛鳥駅より近い。

歩いても良いが駅前にタクシーがあり、有名観光地へのバスも運行しています。


駅前に「くすりの町」という大きな表示があるが、なぜ「くすりの町」なのかは2000年前までさかのぼる。

弥生時代末期に奈良県や和歌山県、三重県で水銀を含む「辰砂」が発見され、当時大変貴重な鉱物だった。

塗料の原料になり半島や中国に輸出され、交換品として「卑弥呼の鏡」や剣や装飾品がもたらされた。

 

最初に着いたのは変な橋がある場所

f:id:nonoty32a:20180629210412j:plain壺阪山駅と線路の反対側への橋になっている

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この膨大な富を巡って争奪戦が起き、勝者となった勢力が飛鳥の地に政権を建てて日本の統治者となった。

これが古事記、日本書紀の大まかなストーリーで、神武天皇やヤマトタケルも水銀の採掘権を争っていました。

この水銀は当時万病に効く薬として高値で売り買いされていて、だから飛鳥地方は「くすりの町」なのです。


現代では水銀は健康に悪いとなっているが、逆にいえば強い殺菌作用があり、消毒効果が認められている。

雑菌やウイルスに効くが人間にも劇薬なので、現代では薬として利用されていない。

だが1500年前には、水銀の被害よりも怪我や病気の治癒が先決だったので、薬として有効だったのです。


当時の平民の寿命は30年程度でしかなく、水銀で健康被害が出るとしても、目先の1年生きるのが重要な時代でした。

弥生時代から古墳時代は集団生活の結果、未処理の糞尿などによって大変に不潔で、病原菌が蔓延していました。

このため平城京以前は頻繁に拠点を移動し、疫病が蔓延して天皇や権力者も一カ所に定住できなかった。

するとより一層、薬としての辰砂が重用されました。

 

橋の上から駅を見渡せる

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駅構内ではなく脇道に降りる

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駅の中を見ながら歩き

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駅前に出ます

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着物を着た女性たちが電車に乗るところでした

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反対側を見ると古びたタクシー会社がある

キトラ古墳や高取城もここから近い

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停車する列車も多く、そこそこ利用者があるようです

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