ミトラのブログ 秘境と異世界

古墳、異世界、旅、マネー


縄文人には所有の概念がなかった

定住が始まり「自分の家」「自分の物」ができると争いが始まった

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https://rurubu.jp/img_link/jti/SightImage/L/SI_80028934_41035.jpgより引用

 

「所有」は弥生時代にうまれた

みなさんは多くの物を所有していると思いますがこの「所有」という概念は大昔からあったわけでは無いようです。

日本列島に人々が移住してきたのは3万年前で、マンモスを追いかけて小集団で狩りをしていたと考えられている。

マンモスは移動するので人間も移動し、必要最小限の荷物しか持ち歩かなかった。


洞窟などに拠点があるとしても、この時代に個人の所有物という認識はなかったでしょう。

次に始まったのは旧石器時代で、マンモスは絶滅したのでウサギや鹿などの小動物を狩るようになった。

地球は温暖化して海水面が100mも上昇して日本列島は完全に大陸から孤立し、高温多湿になった。


豊富な食料に恵まれて縄文時代になり、狩猟と植物の採集生活を1万年ほど続けた。

縄文時代も一定のテリトリーを移動して獲物や収穫物を採取する半移動生活で、荷物はあまり多くなかった。

縄文時代の村は10キロ間隔で10人ほどの家族集団が住んでいて、拠点を中心に転々と移動を繰り返した。


日本列島で定住が始まったのは紀元前1000年ほどで、全国的に広まったのは西暦100年ごろだったと思われます。

農業が始まり農地の中心に村ができ、そこに定住するようになって初めて「自分の家」という概念ができた。

自分の家に蓄えたものは「自分の所有物」になり、他人の所有物との区別が始まりました。


「自分の土地」という概念も生まれ、弥生時代の数百年は九州で土地をめぐって争いが絶えなかったのが、遺跡から判明している。

自分の物を守ったり、他人の物を奪うために衝突がおき、権力者や兵士もこの時に生まれました。

自分の財産を増やして豊かになるために人々は働き、日本は発展していくが、争いの種も加速度的に増えた。


今の日本には「誰かのもの」ではない物はなにもなく、誰のものでもない土地もなくなった。