ミトラのブログ 古墳と異世界

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古代飛鳥地方が薬の名産地である理由

なぜ飛鳥地方はくすりの名産地なのだろうか

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鏡や剣の交換品は飛鳥の水銀だった

弥生時代終わりから飛鳥時代にかけて、西暦2世紀ごろに奈良県東部で突然、巨大古墳が作られ都が建設されました。

ヤマト国家や天皇につながる王権も始まり、突然この地方は大噴火したかのように発展し始めました。

それまで奈良県は日本史の中では脇役で、二上山の石が石器として重要視されたくらいでした。


二上山の石器は良質で日本各地に交易で運ばれたが、弥生時代の千年は青銅と金属の時代で、石器の重要性は低下しました。

それがなぜ、突如として日本の中心になったのかについては「水銀」の産地だったからではないかと言われています。

水銀は当時塗料の減量として非常に貴重であり、神社の赤や白、仏像の金箔などに使用されました。


東アジア最大の産地は中国奥地だったが、弥生時代の終わりごろに西日本各地で産出されました。

中でも日本最大の水銀産地は奈良県の飛鳥地方と、となりの和歌山県の聖地・高野山でした。

飛鳥と高野山がそれぞれ聖域化されたのは、よそ者に水銀を取られないため、独占する目的だったとされています。


少量の水銀で鉄や青銅や金と交換できるほど貴重で、半島や大陸にも輸出されたと考えられます。

弥生時代から古墳時代には大陸から輸入した「鏡」「剣」「鉄」などが大量に出土しますが、交換するのに何かを渡したはずです。

貿易は等価交換なので、大量の剣や鏡と同じ価値がある何かを、日本から大陸に輸出したことになる。


輸出品としては水銀以外には考えにくく、きわめて少量で価値があるので、痕跡は残りにくい。

現在飛鳥地方の水銀の産地は「くすりの産地」として有名だが、その起源は水銀を原料にした薬だと考えられる。

弥生時代の中国では水銀を原料にした薬が使用されていたと、古い文書には書かれている。