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東北地震に見る人間の本性 自分だけ逃げた町長、病院を捨てた医師


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町長は最も高いところに上り、役場で地位が高い人だけが生き残った。

地位が低い職員40数名も高いところに上ろうとした筈です。

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https://i.pinimg.com/736x/1c/3b/e5/1c3be58e1c13ce1d01ff7ceaedd392f9--shock-images-japan-earthquake.jpgより引用

 

人間の本性

人間には善と悪が同居しているとされていますが、それが如実に現われたのが東日本大震災でした。

異常な状況に置かれると、普段のその人からは考えられない異常な行動を取る場合があります、

これらは実際に起きた事ですが、個人の名誉もあるので具体名は伏せさせていただきます。


S町は約12メートルの津波に襲われ、役場の職員53名は3階建の防災庁舎の屋上に上がりました。

ところが津波は屋上を飲み込んでしまうほどの高さに達し、アンテナや一段高い部分に上った人だけが助かった。

10人はなぜか「町長」を初めとした地位の高い順に生き残り、地位が低い職員達は津波に飲まれた。


特に町長は職員達を押しのけるように、自分だけが最も高いアンテナ部分にかじりついているのが、写真に写っていた。

この津波では小学校も飲み込まれたが、小学校では避難方法を巡って教師同士が対立し、50分間も校庭で口論を繰り広げた。

怖がった児童たちは裏山(歩いて上れた)に上ったが、避難反対派の教師らが山に登って引きずり降ろして校庭に連れ戻した。


ようやく50分後に避難を決めたが、「避難マップに書いてある」という理由だけ、もっとも危険な川の方に歩き出した。

74名の児童と教師11人は津波に向かって歩かされ、最後方を歩いていた教師1人だけが、裏山に走って逃げて助かった。

2つの幼稚園も津波が到達した地域にあったが、2つの幼稚園ともに高度が低い海岸に向かってバスを走らせ、自宅に送ろうとした。


津波警報を聞いていなかったり、軽く考えていつも通りに自宅に送り返し、そして飲み込まれた。

別な保育所では津波が襲ってくるまで待機させ、津波が来ると職員と所長はまっさきに逃げ、置き去りにした児童らが亡くなった。

別な病院では津波警報を知って医師や職員が患者らを捨てて逃走し、残った看護婦数名だけが屋上などに運んだが、多数が亡くなった。


多くの人々は原発の周囲から避難したが、「家族と同じ」と言っていたペットを置き去りにし、大半はすぐにしんだ。

避難所にペットを連れて行くのは禁止されていたが、本当に家族と同じだと考えた人は、ペットを連れて行き避難所の外で暮らした。

こうした出来事は時間が経つと共に忘れられていき、今では「皆頑張った」というような美談にすりかえられている。