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ダメ夫と悪妻が滅ぼしたロシア帝国


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皇帝は意志薄弱で妻の言いなり、妻は夫に支配的に振る舞った。

妻の周囲には皇妃を操ろうと悪人達が集まってきた。

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https://i2.wp.com/lostagistaparlante.com/wp-content/uploads/2017/03/NICOLA-ROMANOV.jpg?fit=605%2C319より引用

 

 

ダメ夫とヒステリー妻の皇帝夫婦

最近アマゾンで「皇帝ニコライ処刑―ロシア革命の真相」(上下)を買って少しずつ読んでいますが、読んでいてイライラするほど皇帝夫婦がダメです。

この本を選んだ理由は中古本が100円程度だったからで、すごく読みたかったと訳ではなかった。

読み進めていくとロシア帝国が滅んだ理由が、ほとんど夫婦間に原因が在ったのではないかと思えてきました。


当時のロシアは農奴解放したせいで、解放した農民は皇帝に感謝するどころか一斉に反政府テロを始めて大混乱していました。

農奴解放をしたのは最後の皇帝ニコライ2世の祖父のアレクサンドル2世で、民主思想や理想主義にかぶれていました。

解放された農奴たちは皇帝の命を狙い、 1881年3月13日に爆弾テロでなくなっています。


爆弾テロって最近の手法かと思っていたら、ロシアでは19世紀から一般的でした。

後を継いだアレクサンドル3世は「父のようにはならない」と心に誓ったのか、強権的な政治を行い、秩序が回復しました。

だが1894年11月1日に強かった親父が病気でなくなり、長男のニコライ2世が即位しました。


ニコライ2世は性格が弱く、女々しく、家臣たちや父親が嘆くほど、皇帝には不向きな人間でした。

ニコライ2世には弟が居て、積極的な弟を押す声が強かったが、政治対立の結果兄を支持する勢力が勝ったのがロシアの運の尽きでした。

ニコライ2世は父親が反対した、ドイツ生まれでイギリス王家の娘でユダヤ人の娘アリックスと、父が亡くなるのを待ちかねたように結婚しました。

 

夫婦を騙すために集まった連中

当時の欧州やロシアでは、自国以外から嫁を貰うのが流行っていて、生粋のロシア人はほとんど居ませんでした。

王家がロシア人ではない事も、ロシア革命で人心が離反した一員で、妻のアリックスはロシア語すら満足に話せませんでした。

ユダヤ人の妻アリックスは宗教に入れあげてしまい、怪僧ラスプーチンに意のままに操られてしまいます。

それだけでなく下女のアーニャにも操られてしまい、皇女をこの2人が支配するようになりました。


それだけならまだ良かったのだが、ニコライ2世は生来の優柔不断で、妻のいう事には言いなりであり、妻も2人に支配されてしまいました。

妻アリックスは絶えずヒステリーを起こして夫に命令し、皇帝が戦場にいるときも週2回は長い手紙で「夫への命令」を出していました。

妻を操っていたのは怪僧ラスプーチンと下女のアーニャだったのだが、2人は自分に不都合な人物を次々に追放しました。


皇帝に忠実に仕えるものほど、2人を排除するよう要求したが、そうした者は次々にシベリア送りになった。

皇帝の実の弟すら、このようにして軍司令官を解任され、政治権力を奪いました。

こうして皇帝一家の周囲からは忠実な人間ほど遠ざけられ、皇帝と妻を騙している人間ほど優遇されました。


1917年2月23日に小さなストライキから暴動が全土に広まったとき、皇帝を守ろうとした人間は1人もいませんでした。

結局皇帝一家は部下全員から裏切られて共産主義者に引き渡され、地下室で虚しい最後を迎えます。

優柔不断な夫が皇帝になり、傲慢でヒステリーの妻、2人を騙そうと集まる悪人達の恰好のカモになりました。


2人は信じてはいけない人間ほど信じ、裏切ってはいけない人間ほど「裏切り者」として遠ざけてしまった。

そしてロシア帝国を守る者は、誰もいなくなりました。