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允恭天皇陵と斉明天皇陵と欽明天皇陵


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天皇陵を巡る8回目(10、11、12か所目)

允恭天皇陵

全ての天皇陵に行く旅ですが、天皇陵は108か所もあり、行っても行ってもきりがないので、今後はまとめて数か所分を書きます。

允恭天皇陵(大阪府藤井寺市)、斉明天皇陵(奈良県高取町)、欽明天皇陵(奈良県明日香村)の3か所は別々の日に行きました。

允恭天皇陵に行ったのは7月の梅雨明け後で、まだ「耐えられる暑さ」だった頃でした。

 

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藤井寺市の消防署の近くにあり、写真を撮っていると次々に「走り込み」で団員が通って行きました。

大阪の天皇陵は皆そうですが、こみいった住宅地の中にあり、周囲は雑然としていて荘厳な気配とかは無い。

宮内庁が掃除しているからか、粗大ごみや廃棄物が投げ捨てられてはいません。

 

周囲が狭いので全景が撮れない

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水があるのは一部だけで、雑草が生えまくる

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允恭天皇陵は周囲を半周くらい回れるようになっていて、後の半周は住宅などに囲まれています。

允恭天皇は第19代天皇で特に業績はないが新羅と親しかったことが再三古事記や日本書紀に書かれている。

允恭天皇陵は樹々が生い茂る緑地になっているが、周囲が大阪そのものなので、景観はあまり美しくない。

 

周囲の半分は住宅地

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水がないのでロープを跨げば渡れてしまう

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斉明天皇陵

奈良県の斉明天皇陵に行ったのは暑さがピークのお盆過ぎで、外に出ただけで10分で倒れそうになります。

熱中症の恐れがあったが、ペットボトルのお茶をがぶ飲みしながら、なんとか目的を達成した。

ネットで調べると熱中症の原因は実は暑さそのものではなく水分不足で、水さえががぶ飲みすれば防げる。


因みに飲むのは「爽健美茶」「十六茶」「健康ミネラル麦茶」の3つでした。

コーヒー系とか味の付いたもの、甘いものはすぐに飽き、緑茶も意外に飲みにくいです。

麦茶でもカフェイン入りのはあまり大量に飲めないので、カフェインレスの麦茶系になりました。

 

斉明天皇陵に続く道、大阪の天皇陵とは違う

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一番苦手な「石段を上る天皇陵」

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斉明天皇陵は奈良県なので(?)周囲がゴミゴミしておらず、田畑や山地に囲まれています。

ただ自分がきらいな山の上の天皇陵なので、登っていく階段で虫の攻撃を受ける上に、森の中は高湿度なので息苦しい。

しかも登り切った先にあるのは狭い参拝所であり、景観はあまり良くない。

 
周囲を一周できるようだったが、虫が顔にまとわりつくうえ、クモの巣が頭にくっつくので、早々に退散した。

斉明天皇は第35代と第37代天皇で、一度退位してからもう一度即位した、珍しい天皇です。

舒明天皇の妻で、夫がなくなって最初の皇位についたが、息子の中大兄皇子(天智天皇)が蘇我入鹿を討つ乙巳の変が起きた。

 

道中の景色

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参拝所は森の中なので、虫に集中攻撃される

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斉明天皇は弟の孝徳天皇に譲位したが、5年後に孝徳天皇も崩御して再び即位しました。

斉明天皇の治世は実質的に息子の中大兄皇子が行い、有名な白村江の戦いも皇子が主導しました。

白村江の戦いで日本は当時の超大国だった唐に破れたが、この戦争で日本は唐に臣従しない独立国としての立場を確立した。


息子の天智天皇、天武天皇の兄弟は歴史上の評価が高く、現在の天皇家は実質的に斉明天皇から始まったとする説もある。

とはいえこの斉明天皇陵は本来の陵墓ではないと考えられていて、本当は明日香村の牽牛子塚古墳だと言われています。

宮内庁では本物・偽物の議論を避けるため、こうした検証や再調査を一切認めていない。

 

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実際に現地を訪問した感想としては「違うな」という印象を受けました。

理由は今までに行った本物の天皇陵は農地として一等地にあったのに、ここは利用価値のない山上にあるからです。

 

周囲を回れるが虫攻撃と蒸し暑さで退散する

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欽明天皇陵

欽明天皇陵には9月初めのまだ猛暑の頃に行ったが、曇りだったので過ごしやすかった。

欽明天皇陵は奈良県明日香村にあり、允恭天皇陵と同じく前方後円墳です。

違いは大阪市藤井寺市にある允恭天皇陵が廃墟っぽいのに対し、明日香村の欽明天皇陵は庭園のように美しい事です。

盛り上がった丘陵の周囲には堀に水が張られていて、緑色の藻が反射して絵画のようです。


周囲は典型的な奈良県の田園地帯で、間違っても主婦が洗濯物を干していたりはしない。

残念ながら周囲を一周することはできないが、小高い丘が展望台のようになっていて、上から見下ろすことができた。

欽明天皇は第29代天皇で、この場所とは別に、もう一つの陵墓候補地が存在するが、巨大な前方後円墳なので、いずれかの天皇の陵墓なのは間違いない。

 

欽明天皇陵に続く道

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水面は藻で緑色

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欽明天皇で仏教が日本に伝来し、日本は半島に出兵し任那日本府を置いていたと伝承されている。

半島の百済と新羅と戦争をしたが、ついに任那は滅ぼされ、半島における日本の領地は失われた。

有名な聖徳太子は欽明天皇の孫にあたり、仏教導入で重要な役割を果たした。

 

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丘の上から見下ろせるのは珍しい

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街の方までこの小道は続いていた

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千年前とあまり変わらない風景

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