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アメリカ合衆国誕生の暗黒史 原住民5000万人を犠牲にした


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コロンブスよりヒトラーの方がまとも

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http://www.harekrsna.com/sun/editorials/03-17/dimension1.pngより引用

 

アメリカ建国の真実

アメリカは第一次大戦と第二次大戦に勝利して超大国になったが、むろん最初から大国だった訳ではなかった。

また今日言われているような「民主主義」でも「世界の警察」でも正しい国でもなく、ただの強盗に過ぎなかった。

1492年10月11日、コロンブスが乗るサンタ・マリア号はキューバの東側にあるサン・サルバドル島に辿り着いた。


そこでコロンブスと50人の仲間は、島民を奴隷にしてすべての財産を奪い、いくつかの島で同じ行為を働いて、スペインに凱旋帰国した。

コロンブスはスペイン国王とローマ法王から賞賛され、多額の報酬を得て2回目の大西洋横断に出発した。

1493年の航海では前回の3隻から17隻に増え、軍隊と入植者を引き連れて、より大規模な略奪を行った。

カリブ海の数十の島々で、原住民をスポーツ大会のように根絶やしにし、もっと多くの原住民が疫病でなくなった。


1495年には数百人の装甲兵と騎兵隊から成る軍隊を引き連れて、あらゆる原住民全てを、見つけ次第絶滅させた。

同じ頃日本でもフランシスコザビエルが、日本人拉致や洗脳を働き、奴隷としてスペインに連れ帰っている。

豊臣と徳川幕府は後にキリスト教禁止令を発布し、スペインと断交しているが、正しい判断だったとしか言いようが無い。

 

アメリカ大陸で原住民5000万人が犠牲

コロンブスの目的は新大陸発見でも新航路開設でもなく、原住民から金を略奪することだけだった。

原住民から奪い取った金が予想より少なかったので、今度は原住民を奴隷として働かせ、金を探させたりした。

コロンブスは1498年に3回目、1502年に4回目の航海に出るが、大した成果は挙げられず、スペインに帰って野垂れ死にした。


コロンブスの志を受け継いだウォルター・ローリーという男がイングランド王から植民地を開拓する権利を得て、北米で初の入植を行った。

1585年にロアノーク植民地(ノースカロライナ州デア郡のロアノーク島)に送り込まれた100人の初の「アメリカ人」は3年後に全員が死亡していた。

絶滅の原因は恐らく食糧不足で、加えて疫病もあり、入植者同士で共食いして全滅したと考えられている。


1607年、ジェームズタウン(バージニア州ジェームズシティ郡ジェームズ川河口)に105名の入植者が送り込まれた。

今度も食糧不足と疫病によって、わずか1年後に37名にまで減少し、残りは全員死亡していた。

定期的な補給と追加の入植者によってこの町は絶滅せずに存続し、後にアメリカ合衆国となった。


ジェームズタウンでも入植者同士の共食いが発生し、調査の結果、食べられた14歳の少女の骨が発見されている。

初期の白人は原住民の食べ物や財産を略奪して絶えず揉め事を起こし、白人と原住民の間で植民地戦争が勃発した。

白人は北米全土に植民地を拡大し、5000万人居た原住民が現在はほとんどゼロに減少している。


大半は白人が持ち込んだ伝染病でなくなったが、「西部劇」に見られるように銃でインディアン狩りもしていた。

こうして原住民が絶滅すると白人は自分の土地にして、「自由の国だ」とか「民主主義だ」と言っている。

アメリカがアメリカに成る前は、こういう暗黒の歴史が存在しました。