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ツタンカーメンの呪いは現実か虚構だったのか


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生前はこのようだったが複数の持病があり、骨折した上にマラリアに感染していた

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http://kanjinnodata.ec-net.jp/14031941.JPGより引用

 

ツタンカーメンの呪い

墓を暴いた人が次々に謎の死を遂げたとされる「ツタンカーメンの呪い」を検証してみます。

ツタンカーメンはエジプト第18王朝のファラオで、紀元前1330年頃の人物だったと言われています。

ツタンカーメンは10代で即位し在位期間も10年ほどだったため、死因には病死のほか陰謀説も囁かれている。


病弱でミイラには骨折の跡があり、マラリアのほか複数の病気を患っていた痕跡もあった。

またミイラに添えられていた130本の杖は磨り減っていて、実際にツタンカーメン王が使用していたと考えられている。

王家の谷でツタンカーメンの墓が発見されたのは1922年で、黄金の棺に入った史上最も有名なミイラが発見された。


ツタンカーメンの墓は砂に埋まって隠されていたため、3000年間ほとんど盗掘されていなかった。

ツタンカーメンの墓を発掘したカーナヴォン卿を初めとして、関係者が次々になくなった。

墓の入り口には「墓を暴いたものには死が降りかかる」と古代文字で記されていた。


まず発掘後に酸素不足を調べるためのカナリアがコブラに食べられてしまう所から始まる。

カーナヴォン卿が約半年後に高熱でなくなり、考古学者のアーサー・メイス他、発掘に参加した西洋人5人もなくなった。

ミイラの検査を行なったダグラス・デリーと立ち会ったアルフレッド・ルーカスもなくなった。


新聞の売上げ競争が作った伝説?

ツタンカーメンの墓が発見された1922年11月4日から1930年までに22人がなくなり、生存者は1人だけだったと言われている。

これらは当時の主にイギリスの新聞に掲載された事で、内容は誇張や間違いが多かった。

まず「墓を暴いた者は死ぬ」と予告された古代文字は発見されておらず、最初から無かったと考えられている。


次に発掘関係者がなくなった時期は8年間にまとめられているが、実際には数十年間かけて亡くなっていた。

発掘時に30代だったとしても、30年以内には平均寿命から考えてほとんどの人が亡くなるのは普通だった。

残念ながら人は平均寿命+10年程度でほとんどが死ぬのであり、呪いがなくてもなくなっている。


だがエジプト王家の舞台となったエジプトや中東国家が紛争に明け暮れているのは、ある種の呪いかもしれません。

1997年には王家の谷近くのルクソール神殿でテロがあり、日本人を含む65人が亡くなっていました。

エジプト王家も古代エジプト人も完全に絶滅してしまい、現在その子孫は生存していないのです。

当時はイギリスでは新聞のスクープ合戦が華やかであり、今日のテレビ視聴率競争のように、数字が稼げれば多少の?行き過ぎは黙認されていました。