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ハーメルンの笛吹き男の実話


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https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/1/13/Hameln_-_Rattenf%C3%A4nger.jpgより引用

 

ハーメルンの笛吹き男

「ハーメルンの笛吹き男」は1812年に出版されたグリム童話のお話のひとつですが、言い伝えはずっと以前から存在しました。

その大元になったのは1300年頃にハーメルンのマルクト教会に作られたステンドグラスに書かれていた文章でした。

ステンドグラスは1660年に破壊されたが文章を模写した記録が複数残されていて、ハーメルンの伝承となった。


グリム童話によると昔ドイツ北方の町、ハーメルンに大量のネズミが発生し、人々を悩ませていました。

そこに派手な服を着た奇妙な男が現われて、報酬をいただけるならネズミを退治しましょうと言った。

町は男にネズミ退治を依頼し、男は笛を吹いてネズミをヴエザー河に誘い込んで川に飛び込ませて退治した。


だが町はネズミが居なくなると報酬を払うのが惜しくなり、笛吹き男との約束を反故にしました。

すると笛吹き男は町の大人たちが礼拝に行っている間に笛を吹き、町の子供130人が山の洞窟に誘い込まれ、入り口に封印され、それっきり帰らなかった。

マルクト教会のステンドグラスに書かれていた原文はもっとシンプルで、短いものだった。

 

人さらいかペストか

1284年6月26日聖ヨハネパウロの記念日に、色とりどりの衣装を着た笛吹き男に、ハーメルンの子供130人が誘い出され、コッペンの近くの処刑場でいなくなった。

これ以外の事は童話を書いたグリム兄弟の脚色だったらしいが、130人が笛吹き男に誘われて居なくなったのは一致している。

ハーメルンにはこれ以前の記録が一切なく、失踪事件を記録するために町の記録が始まっていました。


「子供達が連れ去られてから10年が過ぎた」というようにこの後も事件に関する記録が続いているが、失踪した原因は書かれていない。

これがハーメルンの笛吹き男の謎で、事件から730年以上が経ったが、まったく分かっていない。

失踪を説明する解釈として、いつくかの説が提示されていて、最も有力なのは「伝染病説」とされている。


13世紀から14世紀の欧州はペストの大流行期で、住民の半分がなくなったという説もあるほど、酷いものでした。

130人の子供がペストでなくなり、「悪魔に連れ去られた」のように記録するのは、よくある事のように思えます。

二つ目の説は13世紀に行われた十字軍に志願したり徴兵されたというものだが、十字軍の最後の遠征は1271年なので時期が少し違っている。

 

失踪したのは大人だった?

ステンドグラスに書かれた年が10年か20年間違っているとすれば、これも可能性が無いわけではない。

また十字軍以外の戦争でも、当時兵隊で住民を徴兵すうrのは一般的に行われていました。

三番目の説は当時盛んだった東欧の殖民開拓に応募した、あるいはその為に「人買い」に売られたり連れ去られたというものです。


開拓地では労働者や開拓者が不足していたので、入植すればお金になり、また子供を売ったりすると報酬を貰えました。

日本でも江戸時代には子供を連れ去って、高く売れる土地に売る「人買い」「人さらい」が多発して、幕府が取り締まり令を出していました。

自動車が無いと子供を連れ去るのは難しいと思われますが、そういう事に手馴れた人間は、巧みに子供を騙して自分で歩かせるのです。


「お前の親は私に借金をして、お前を売ったのだ」「言うとおりにしないとお前の家族は酷い目に遭うぞ」などと言ったかも知れません。

ステンドグラスに書かれていた「子供」とは実は大人であるという指摘もされています。

現在でもキリスト教では「神の子供たち」のような言い方をしているし、書かれた場所が教会だったのは、実は子供とは限らないと示唆しています。


大人を含んでいるとしたら、疫病や入植者、軍隊の可能性が高まり、人買いや誘拐の可能性は小さくなります。

個人的に気になるのはステンドグラスには「処刑場で居なくなった」と書かれているので、そのまま読むと130人が処刑されたと受け取れます。

直接的な記録や証拠がないので、この謎が解けることは永遠にないのかも知れません。